稲村理紗のお仕事とその周辺ブログ。
2013年04月28日 (日) | Edit |
現在にかほ市で開催されている

池田修三作品展」に出かけてまいりました

なんとなく昔にどこかでみたことがあるような、

そんな記憶のかたすみに印象が残っている池田さんの版画は、

80年代頃秋田の銀行の通帳や広報誌、カレンダーなどにその絵が使用され、

秋田の日々の暮らしにとけこんでいたとのこと。


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にかほ市での展示会は、

会場の象潟公会堂のかわいらしい建物と、

受付や駐車場整備など、地元ボランティアの皆さんのあたたかさがとても印象的な、

たくさんのやさしさにあふれるものでした。

近所のおばちゃんらしき方々やお子さんもたくさん来場していて、

そういう雰囲気もまたいいなあと思いながら

ゆっくり展示を観てまわりました。



池田さんの作品の特徴でもある、

女の子やお花など、メルヘンできれいな色彩の版画が多い中、

私はある絵の前ではっと足がとまりました。

その絵は、ほの暗い森のなかに

ゆりかごに入った赤ちゃんがぽつんと描かれているもので、

他の作品とくらべてひときわ地味なもの。

そして、この絵にまつわるエピソードを思い出しました。











私が小さい頃、この絵が私の家のどこかに飾ってありました。

それが版画だったかポスターだったかカレンダーの絵だったか、

絵があった場所がどこだったかはまったくうろ覚えですが、

ある時期、確かにこの絵がわが家にありました。




森のなかに、ゆりかごに入った赤ちゃんがぽつんとおかれた絵。

たいてい赤ちゃんの絵にはお母さんが一緒に描かれているのに、

この子はひとりぼっち。

寒くないのかな?

さみしくないのかな?

お母さんはどうしたのかな?

もしかして、すてられちゃったのかな?

上のほうの葉っぱの影の黒い色なんかもこわくて、

私はその絵をみるといつも、なんだか不安げな気持ちになりました。

森のなかにひとりぽつんといる赤ちゃんをふびんに思い、

なんでこんなさみしい絵を飾っているんだろうなあと、疑問に感じていました。




あるとき父が、

「お母さんがね、この絵の赤ちゃんを

「理紗ちゃんみたいでかわいい」って、気に入ってたんだよ」と、

数多くはない母のエピソードを話してくれました。

このさみしそうな絵を母は気に入っていて、

ゆりかごの中にいる赤ちゃんに私を重ねてみていたとのこと。




赤ちゃんの時、私はなぜか一時期髪がはげしく天然パーマで、

ぐるんぐるんの大仏みたいな頭をしていました。

しかも一重でまぶたで鼻ぺちゃで、ほっぺはぱんぱんにふくれあがり、

「元気そうな赤ちゃんですね」としかほめようのないビジュアルで、

女の子なのにこんなんでどうしよう・・・と、一時だいぶ心配したと、

昔よくばあちゃんが言ってました。

池田さんの版画の、端正な顔立ちの赤ちゃんとはまったく似ていない顔でしたが、

親心で母の眼には私がそう映ったのか、

それとも母がそう思いたかったのか真相はわかりませんが、

我が子に似てかわいいなと、そんな思いで池田さんの絵をみていたそうです。




一見さみしい印象にみえる絵でしたが、

よく見ると赤ちゃんはなんの不安もない表情で、

気持ちよさそうにスヤスヤと寝ています。

森のなかでひとりなのに、

まるで大きな何かに見守られているように安心した顔をして。

私はその赤ちゃんの表情に気がつき、

そこに母のまなざしを感じて、

それからは、この絵をみるときの気持ちがあたたかいものに変わりました。

母のまなざしと私のまなざしが重なり合って、

池田さんの一枚の絵が、

母と私をつなげてくれるとびらのような存在になっていました。










そんな20年数年前の、

忘れかけていた母にまつわる大切なエピソード。

池田さんの一枚の版画と、会場のノスタルジックな建物が、

タイムスリップして思い出させてくれました。




どれかの一枚が、あなたの大切な思い出につながっているはず。

そんな池田修三さんの展示会は、明日4月29日が最終日です。






ゆりかごのうた

このオルゴールを聴きながら、寝かしつけてもらっていました





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